不平等な人生の起点にあるACE

ACE(エース)とは、Adverse Childhood Experiencesの略語であり、「逆境的小児期体験」や「子ども期の逆境体験」と訳されます。
欧米では、複数形で「ACEs」と表記することも一般的です。
ACEは、「18歳になるまでに経験された、虐待・ネグレクト被害や養育機能の不全状態」を意味し、具体的には以下のような経験を指します。

18歳になるまでに、あなたには次のような経験がありますか?

  • 身体的虐待
  • 心理的虐待(言葉の暴力)
  • 性的虐待
  • 身体的ネグレクト
  • 心理的ネグレクト(情緒的な無視)
  • 親の離婚・別居
  • DVへの曝露
  • 家族のアルコール・薬物依存
  • 家族の精神疾患・自殺未遂
  • 家族の服役

以上が1つずつ該当するかを質問紙で尋ね、該当する数を加算して個人のACEスコアが算出されます。
上記の10項目は、ACE研究の当初から使われてきた代表的なACE項目ですが、その後、親との死別、地域における暴力への曝露、貧困、いじめなども、ACEとして扱われることがあります。

累積されたACEは、生涯にわたり健康とさまざまな機会に悪影響を及ぼすことが知られています。1998年に発表された、V.フェリッティ医師と疫学者R.アンダらによる論文では、ACEスコアと疾病・問題行動との間に、明らかな関連がみられることが示されました(Felitti et al. 1998)

つまり、ACEの数が多い人ほど、その後の人生において身体的・精神的な疾患や問題行動が生じやすいということです。

ACEスコアが「0」の人に比べて、「4以上」の人は    

・虚血性心疾患 2.2倍
・がん     1.9倍
・脳卒中    2.4倍
・慢性肺疾患   3.9倍
・糖尿病     1.6倍
・アルコール依存 7.4倍
・薬物注射   10.3倍
・性的逸脱    3.2倍
・うつ病     4.6倍
・自殺未遂   12.2倍
      出所:Felitti et al. (1998)
  n=8,506

図1 CDC-Kaiser ACE Studyによる結果

この研究は国際的に反響を呼び、その後、膨大な研究でACEスコアが高いほど、慢性疾患や依存症、十代の妊娠、性感染症、自殺、失業や貧困などのリスクが高まることが確認されています。

ACEによる長期慢性的な有害ストレスは、ストレス反応システムの調節不全や免疫システムの異常、脳の健全な発達の阻害につながり、さまざまな病気の準備状態を作りだすと考えられています。また、生まれ育った家庭で十分な愛情を注がれなかったことが、愛着形成の不全や他者への信頼感の欠如につながり、安定的な人間関係の構築を困難にするともいわれています。

日本では約4割がACEサバイバー

日本の成人を対象にした近年の調査では、ACEが1種類以上ある人は約4割を占めることがわかっています(表1)。米国成人の場合、約6割であると報告されているので、それに比べると少ないように思えますが、日本でも3人に1人以上が何らかの傷つき体験を抱えながら生きているといえるでしょう。

表1 各種調査によるACEの経験率の比較

日本でも見いだされたACEの長期的影響

日本でも、ACEは生涯にわたる様々な生きづらさに関連しています。

高ACEスコアの高齢者は、がん、心疾患、脳卒中、糖尿病のリスクが高い(Amemiya et al. 2019)ことや、認知症のリスクが高い(Tani et al. 2020)こと、高ACEスコアの成人は、不安障害のリスクが高い (Fujiwara et al. 2011)といった心身の不調との関連が報告されています。近年行われた疫学調査からも、上記の疾患だけでなく多種類の慢性疾患リスクとACEの関連が見いだされています(図2)。

図2 日本における疫学調査による結果

また、ACEスコアが「0」の人に比べ「4以上」の人は、心身の疾患だけでなく、自殺念慮が4.5倍、中卒が2.9倍、失業が1.8倍、貧困が1.7倍、社会的孤立が2.2倍生じやすいといった傾向があることもわかっています(図3)。

人生の初期にストレスフルな生育環境下で育った人は、成人期以降、心身の健康問題を抱えたり、職歴が不安定で生活に困窮したり、周囲に悩みを相談できる人がいない…といった二重三重の生きづらさを抱えている可能性があるのです。

図3 日本におけるACEの長期的影響
出所:TOKYOMX 『田村淳の訊きたい放題!』 2023年7月15日放送回のフリップ
『ACEサバイバー ――子ども期の逆境に苦しむ人々』
データ:生涯学WEB調査

ACEにどう向き合うか

ACEの広範囲にわたる甚大な悪影響に立ち向かうすべはないのでしょうか。

日本では残念ながら、「ACE」という言葉の認知度は低く、ACEの実態把握も、ACEへの対策・予防の取り組みも、国際的にみて十分進んでいるとはいえない状況です。

まずは、ACEが生涯にわたって与える長期的影響の事実を知りましょう。たまたま生まれた環境を起点として様々な生きづらさを抱えているACEサバイバーも、同じ社会を生きる一員であることを認識することが必要です。そして、今を生きる子どもたちに対して、いかにACEを予防するための社会のしくみ(福祉・医療保健・教育・司法など)を構築できるか、知恵を絞りましょう。

私たちにできることは、山のようにあるはずです。